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鑑賞005「姿」(TB 160まで)

色彩、時間、静寂。
これらを少ない言葉で語れる人は詩人だ。








姿見をのぞけば青き夕暮れをセーラー服が沈みゆきたり
  新井蜜
制服の紺色が闇に溶け、ひとときの若さを謳歌する顔だけが、鏡に白く浮かぶ。
灯りもつけずに昏れていく静かな部屋で、自分と対面するのだ。
身柄を象徴する衣服を剥ぎ取られた姿は、どのように映るのか。
卒業が、近いのかもしれない。
こののち、さまざまな服をその身に纏い、何度となく姿見の前に立つのだろう。
夕暮れ時に鏡に浮かぶ顔は、同じ顔だろうか。
セーラー服を着てはしゃいだ時間は、もう帰らない。



姿」の秀歌たち。

夏実麦太朗
 闇に立つ観音菩薩立像に姿勢の悪い何体かあり

紫苑
 姿見にかかる端布はぎれは佳き日々の名残か祖母は百歳ももとせを生く

紗都子
 だれにでも揺るがぬ軸があるというヨガの講師の姿勢うつくし

梅田啓子
 こうべ垂れ祈る姿に並びいる地平線までひまわりの花

星川郁乃
 活けられた野花のような伯母 後ろ姿を見せず病室を出る

あひる
 朝な夕な庭のみかんを啄める鵯の姿まあるくなりぬ

ウクレレ
 コピー機の緑の光を操ってきみは正しく姿勢よく立つ

理宇
 もう長く病床にある祖父が未だ正しい姿勢で僕を迎える

尾崎弘子
 高い木の姿が人の形して不思議なり古い杜の夕べは

(敬称略)
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005:姿(理阿弥)








風折かざをれて姿わびしき花の名を伝ふるひとぞ世にあらまほしき

鑑賞004「まさか」(TB 182まで)

四つ目は「まさか」。

短歌って、「思いも寄らないことが起きて、私は驚いちゃったんだ」、
なんてことをアカラサマに表現するのは苦手なジャンルだよな、と思います。
そこへ持ってきて今回のお題「まさか」…。
こんなに強い単語を使ってしまうと「主体の感動の中心はココ!」って、
蛍光マーカーで示してるみたいで、ちょっと気恥ずかしくなってしまう。
やはりみなさん、そこをズラすために形容詞的に使ってみたり、
他の言葉に組み入れたりと、苦戦の模様。
自分はぜんぜん上手く詠めなかったです。


まさか」の秀歌たち。

西巻真
 まさかとかやつぱりだとか言ひながら結局ひかるあけびになつた

稲生あきら
 まさかとかもしかしてとか思ったりしてないですよ(してないですよ)

黒崎聡美
 まさかさまに家々うつす町川のかなしいことはひとつもなくて

保武池警部補
 まさか坂彷徨い歩く今何処と舞い来る愛よまさか逆さま

きたぱらあさみ
 ささくれはむいてもむいてもささくれてまさか「さびしい」なんて言えない

足知
 首を折りたたみ静かに寝るんだねあんなに激しいあなたのまさか

(敬称略)

004:まさか(理阿弥)








あかときにふるふる揺るるモビールをふたり見てをりまさか春雷

鑑賞003「細」(TB 181まで)








かすみ雨打ち濡らしてや梅が枝のうぐひすのこゑの細やかにして
  周凍


お題は「」。
東京という都会にあって、明け方に鶯の声を聴いたとき、
なんとも言えず穏やかな気持ちになったことを思い出します。
まあさすがにちょっと歌は下手でしたけどね、その鶯は(笑)。

一首は、ウ音で始まる三~四句の丸い響きと、後半のカ行音が小気味良いお歌です。
第四句に注目していただきたいのですが、八音ですね。
定型三十一音に囚われ過ぎると「うぐひすのこゑ細やかにして」というように、
助詞を真っ先に犠牲にしてしまいがちです。
リズムとしてはすっきりするんですが、描写がボケてしまう。
字余りを嫌って、あまり悩むことなく助詞を切ってしまうことが多いですよね。
「を」とか、真っ先にお払い箱にしてませんか?
歌作時には積極的に助詞を残すという選択肢も、常に残しておくことも大事と思います。

さらにこのお歌では、三つの名詞「梅が枝→うぐひす→こゑ」を「の」でかけていくことで、
映像的なズームアップを行っているので、やっぱり三つ目の「の」は省略出来ないのですね。
周凍さん、素敵なお歌をありがとうございました。



」の秀歌たち。

梅田啓子
 夏を越しミニシクラメンの蕾もつ細き茎にはほそき貌つけ

富田林薫
 昭和史をほどいてみれば群青のひかりのような飴細工あり

なゆら
 細腕に抱かれし春子は泣き止みて次に泣きだす間を図りおる

牛 隆佑
 電燈は時に暴力的なもの闇のか細さ 君に似ている

佐藤紀子
 正月のお宮の露店にならびゐき しんこ細工の小さなうさぎ

野州
 一丁の豆腐を購め細き路地出ずれば五分刈り頭が寒い

船坂圭之介
 月細く欠く冬の夜の穏しきに浮かび来るかの白きゐさらひ

青鍋沙魚
 日刊の車窓にじきに現るるネオン細ったパチンコのパ

(敬称略)

003:細(理阿弥)








延べられし汝が手底たなそこの細波に顔うづめれば田芹たぜりの香り

鑑賞002「幸」(TB 172まで)

二つ目のお題「」。
こういう文字は、ありふれてはいますが、元々それ自体が
強い色を持っているので、かなり難しいお題だと思います。
「幸福とは◯◯である」とかの定義系は一般論になると上手くいかないし、
「××するのが私の幸せ」系も、××をどれだけ突飛に出来るかの競争になっちゃったりして。
地名などの固有名詞に組み込んでしまえば、自由に詠めるでしょう。
でも、今回は字義通り Happy の意味で使ったお歌を選ばせていただきました。







寝る犬は自らの息に足先の毛を靡かせり 幸せならん
   あひる


数珠念珠下げた牛歩の老女おり祈りつつゆく幸多かれと
   猫丘ひこ乃
両首とも、場面がはっきりと浮かぶのがいいですよね。
観念の世界で完結していない。
細かい描写は、読み手の共感を得る手段として非常に有効ですが、
ここには犬の足毛や、老女の姿が描かれています。
そして対象への優しい視線。暖かな温度を感じる二首でした。
あひるさん、猫丘さん、素敵なお歌をありがとうございました。


」の秀歌たち。

木下侑介
 幸せになりたい俺はおもむろに君のパンティ被って眠る

紗都子
 泥はねのブーツにもある幸せを冬の舗道にさらさら零す

内田かおり
 道のべに踏まれずにある蕾みあらば畳み込まれておりしか幸は

花夢
 母親の幸福なんて真っ黒な煮豆のようなものに思えて

船坂圭之介
 先駆けてゆく雲のした黄昏を恋ふ身しみじみ老ゆる幸せ

千葉けい
 闇薄く蒼みがかるころ床につく君の夏掛けを直す幸せ

(敬称略)

震災


地震発生から三日経ちました。被害の全貌が、いまだ見えてこない状況です。

連日の報道を見ていると、人間の暖かさ、絆の大きさを感じるとともに、まったく反対の印象をうけることもあります。

安全地帯におり、かつ自分に非がないという立場にいると、少しでもミスをした者、責められるべき立場にある人を上から目線で非難してしまいがちです。記者会見などで自分の納得のいかない答弁に対しての罵詈雑言がネットなどでも散見され、また当事者である記者たちが声を荒げる場面も少なからずあります。
しかしもっとも大切なのは、今現在苦しんでいる人たちが、実際に何を欲しているのかを忘れないことでしょう。
特に、前線におられるメディア、マスコミの方々ももちろんご苦労はあるでしょうが、どうか視野狭窄に陥ることのありませんよう。
自戒も込めて。

被害の大きかった仙台市若林区に、二十年ほど前に一年だけ住んでいたことがあります。緑のきれいなところで、川沿いをよく自転車で走ったことを鮮明に思い出します。
あのころ触れ合ったひとたちが、生きておられることを願ってやみません。


ひとの立ち歩めるもとに道のあり 生きていれば 生きていれば

きまぐれツイッター歌会に出したうたうた

ツイッターでときおり開かれる歌会(#kimagurekakai)に出した歌たち。
三回目が終りました。




   第一回
車窓よりきっと戻らぬ街ながめロンドンバスのトミカ右手に
中継にチャウシェスクほら冷えてゆく少年期から脱する師走

   第二回
若水も汲まぬ初春にひとまはり大きくなりぬ細蟹ささがにの居は *ささがに=蜘蛛

   第三回
去にしひとのシフォンをに酔ふ部屋の膨れゆけるを聞きたりひとり

002:幸(理阿弥)








幸せな指のかじかみ(いきている、)無情の海よ How  なんてBeautiful! きれいだ
カミソリーフ
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理阿弥(りあみ)



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 歌歴:08年より。
 口語でも文語でも。

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