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鑑賞066「豚」






この汚い豚め、などと言ふ愉しみをひと世知らざるこそかなしけれ
  萱野芙蓉



三匹の子豚が囁く教訓を守って今日も石化する街
  清次郎

頑丈な家を懸命に造って、それすら無力であると呆然としながら、
でももう止められないと、泣きながらもっと堅い堅い世界を造ってゆく。
そして忘れた頃、半世紀に一度の狼がやってくる。
吹き飛ばされても大丈夫、仲間の豚が助けてくれるから、と嘘を教えられ、
そしてまた教え、教訓が甘いファンタジーに成り代わって、
無菌室で作られた「良きコブタちゃん」である我々は、
実際は魑魅魍魎が跋扈する本当の世界に突然放り出される。
おそとがそんな風に出来てるなんて教えてくれなかったじゃないか!
なんつって丈夫なおうちに引きこもって、心にも鍵をかけ、
ますます多くの楽しみを知らぬまま、みんなバラバラに老いてゆく。

あ~もう、ほんとだよ!
おちゃらけることも許されない、何か言えばネットで総攻撃されるような(笑)、
品行方正さを要求される現代で、多種多様な世界を知らないでこのまま死んでゆくのかしら。
自分の甘えを育てられ方のせいにするんじゃねぇ、というお叱りはもっとも。
でも相変わらず「子供らに汚い世界を見せるな」という声の大きいこと。
良き豚なれ、と育てられたきれい好きの豚の目に、
突然の「本当の世界」はあまりにも刺激が強く、汚れて見える。
それなら、最初から多少泥にまみれて育てられたって、いいじゃん、ねえ?




」の秀歌たち。


tafots
 あんまりだ 豚の一字が付くだけであらゆる単語が悪口になる

酒井景二朗
 赤ら引く豚の乳首の竝びにも知るべくあらむ造化の(たくみ)

雑食
 常識も遠慮も豚にくれてやる覚悟できみの呼び鈴を押す

平野十南
 スーパーの肉コーナーの子豚たち売り立てられよ少年少女

黒崎聡美
 豚肉と大根を煮る ちぢまってふっくらとなる時間のながれ



(敬称略)

鑑賞065「羽」








三羽いて二羽飛び立って二羽戻りさてなぜ俺は孤独でしょうか
  小林ちい

こういう歌、詠んでみたいな、と思った一首。
上句は典型的な算数、あるいはクイズみたいなかたち。
このような文章題スタイルみると、読む側は自然と答えを探すような
心構えになっちゃうんだけど、読者には回答しようのない球を
下句でピュッと放り込んで来てます。
「えっ、知らねーよ」って思われることも、織り込み済みなんですよね。

下句は無防備なつぶやき、自問自答に近いものなんだろうな。
一緒に飛んでったり、戻ってきたりしたいけど…でもなぜかできない<俺>。
華やかな喧騒から、ちょっと離れて立っている俺。
自問自答してみても最初から答えは分かってるような、分かってないような。
これから先の生も、そんな風に生きていくのかと考えたり。
いま、共感する人の多い歌じゃないでしょうか。




」の秀歌たち。


行方祐美
 夕羽振る波があしたを呼ぶやうにふつさりと脱ぐ冬のコートの

新井蜜
 羽根となる細胞核の凝れるかみどりごの背のかすかな隆起

青野ことり
 羽だけが地面を這ってゆく真昼 蟻は日陰が欲しいんじゃない

富田林薫
 観覧車 雲に近づく夏空の羽根があったら飛ぶのでしょうね

南雲流水
 思い出の痛み身体を刺すたびに羽ばたいている冬のてふてふ

新津康陽
 いつまでも空を見ている。お前には羽も翼もないと知ってて。

萱野芙蓉
 しろき鳩羽ばたくやうな音させて時雨降るなりビルの窓にも

冥亭
 まちなかの鳩は歩めりアスファルト色の羽根ゆえ飛翔かなわず

鮎美
 もう捨ててしまひましたかをさなごよあの日拾ひしペンギンの羽根


(敬称略)

鑑賞064「おやつ」

おやつ」。
八つ時に食べたからおやつと言うそうな。
「おかき」や「おこわ」、「おなら」なんかの、
女房詞に近い成り立ちなのかな。









おやつには焼きいもいっぱい食べたからおならが出るの待ってるの ぷぅ
  じゃこ

へへへ。出ちゃいましたねw
おやつ」という題の、柔らかく可愛らしい響きに
最もぴったりとマッチした一首でしょう。
誰もが一読して、頬がゆるむのを禁じ得ないんじゃないかと。
子供って神妙な顔しながらも、平然とこういうこと言いそうだもんな~。
一字空けもとても効果的です。

こういうまっすぐで素直な歌を詠むのって、
実は一番難しいのかもしれませんね。



おやつ」の秀歌たち。


紫苑
 おやつばめ餌はこび来ぬおのが身の細るを知らぬ機械となりて

横雲
 のど赤きおやつばくらめ一夜(ひとよ)居し(はだへ)に紅き花びら残る

桑原憂太郎
 遠足のおやつの種類と靴下の色で会議は混沌とせり

平野十南
 手作りのおやつのドーナツ(誰が手でも)穴のあること穴ありしこと

揚巻
 手のなかにふさいで遊ぶおやつしか食べない小鳥(まだ、あたたかい)

小林ちい
 いつかこの時間を懐かしむだろう教室で食うおやつはコロン

飯田和馬
 さんざんに罵りあった後に食うおやつのプリン なんでプリンだ

清次郎
 永遠は存在します今週もおやつと野球で幸せなカツオ

笹木真優子
 帰りたくなくて目と目が合ったから3時じゃないけどおやつの時間

竹中 裕貴
 はんぶんこ これ はんぶんこ へいわって おやつ わけあう くらい かなしい


(敬称略)

鑑賞063「丈」




ゆきやなぎ咲きいし頃に帰りきて身の丈ほどの妻を娶りぬ
  野州


身の丈に合わぬ思いと言い聞かせ くつくつ煮たつ角煮の火消す
  豆田 麦


身の丈の五尺に満たぬ人なりき 屈みてわれはお皿を洗う
  梅田啓子

これらの歌は、どこが優れているのか。
個々の歌の秀でたポイントではなく、共通した基本的な
歌の良さについて、大掴みに書きたいと思います。

「ゆきやなぎが咲く頃」、「妻を娶る」
「自分に言い聞かせる」、「火を消す」
「背の低いひとだった」、「皿を洗う」

複数の要素が配され、歌を立体的にしてますよね。
ひとつのことだけを言うのに終始していない。
なにを持ってくれば効果的なのか、自作を
客観視する眼がないと、難しいことです。
さらに、直接的な心情が描かれていません。
それらは、作中で語られる情景や行為に託されています。
「恋しい」「懐かしい」「悲しい」「苦しい」などの、
身も蓋もない<答え>を吐露してしまえば、読み手は同情こそすれ、
想像の翼を羽ばたかせる余地を奪われ、詩が死んでしまうのです。
(まあ殆どの場合、人生はひとつの感情で割り切れるほど単純ではないわけです)

ここでは三首を取り上げましたが、もちろん、歌のかたちはさまざま。
「こうすればよく、こうしたらダメ」とは、一概には言えません。
ひとつのことだけ描写しても、感情をぶちまけても、いい歌にはなり得る。
しかしそこには、微細に描写するとか、リズムが面白いとか、音の響きが楽しいとか、
その作者ならではのレトリックが効いているとか――――
詩が詩であるためのポイントが意識されていなければならない。
それらのポイントが、読み手の心に穴を開けるわけです。
そうでなければ、ただの「短い作文」で終わってしまう。
「身の丈に合わない恋だった」を、単に三十一音に引き延ばすだけでは駄目なんですよね。

要領を得ない文章になってたら申し訳ない。m(_ _)m
得た着想に拘泥して、感情に溺れがちな歌うたいの私が、
自戒の念を込めて書いておきます。



」の秀歌たち。


夏実麦太朗
 「大」「丈」「夫」三人ならんで歩いたら岩をもくだき進みゆくかも

アンタレス
 初孫が男の子で今は丈高くばばの手で縫う浴衣生地やっと

新田瑛
 「どうしたの」と聞いたところで「大丈夫」と答えるのだろう だから「おやすみ」

酒井景二朗
 丈足らぬ言葉なれども七夕の願ひさやけく下げられてあり

富田林薫
 背高泡立草の丈に近づく約束を秋になるまで忘れないでね

紗都子
 草の丈ぐんぐん伸びる黄昏に子どもの時はゆったり満ちる

平野十南
 かさかさを丈高指でなぞる子のその唇のかたち秋とは

空音
 もう全て知ってるような顔をしてミニ丈に折るプリーツスカート

奈良絵里子
 長すぎる丈のカーテンぶら下げる 引っ越すことに慣れすぎている


(敬称略)

鑑賞062「墓」








月の()の蒼きくぼみは眠られず夜を咲ききりし花の墓碑銘(エピタフ)
  紫苑

夜に開く花。
咲ききりし、の表現に充足感がある。
"花" を、人あるいはその人生、または行為などの象徴とみても、
あるいは字義通りにとってもよいのだろう。

ここには具体的な作者の姿も描かれていないし、
たとえばよく詠まれるような「きみ」や「あなた」へ向けての想いもない。
だが、読者は作者の刻印をはっきりとこの一首に見る。
月に浮かぶ表情を「花の墓碑銘」だと見てとった、
その見立てこそが、この歌が紛れなくこの作者の一首であるという証なのである。



」の秀歌たち。


行方祐美
 墓薙の朝のたいやうの喧しくつくづくと供花の萎えてゆくのみ

水風抱月
 言の葉は我が墓であれ揺り籠の鎖も揺らす夜の頃から

髭彦
 夜ノ森の駅舎に近き祖父眠る墓所訪ふ術の永久に断たれむ

小夜こなた
 わたくしの墓標を眺め立ち尽くす君を想えば涼やかな夏

新藤ゆゆ
 すえた愛、未使用のアレ、泣いた夜 これはお墓に入れていいもの

平野十南
 墓へ行く道に家族はそれぞれの歩幅を持てりかたき轍に

藤田美香
 枯れてゆくこころを埋めた学校の花壇の墓標に入るなと書く

冥亭
 末の世に独り在る日のつれづれに師も子も花もなき墓参かな

藻上旅人
 年老いた海を見下ろす公園の墓碑銘はただ風のみが知る


(敬称略)

鑑賞061「有無」

みなさん、普段の作歌時には避ける類の言葉でしょうか。
事務的で堅い印象を持つせいか、詩情に溶けこませるのが難しかったですね。



有無」の秀歌たち。


浅草大将
 再びの恋をするがの有無瀬川ありやなしやを問へど答へず

豆田 麦
 片手間の愛撫で愛の有無を知る 野良猫のよに立ち去れたなら

髭彦
 有無を言ふ暇もなしに追はれけむわれ夜の森(よのもり)に今も暮らさば

夏樹かのこ
 Yの有無ただそれだけでやわらかい吾のからだに実る花房

紗都子
 やさしさの有無を見きわめ速やかに選別をする四月の少女

揚巻
 照りかえす邪気の有無さえひとときの渡りにすぎぬ あなたは(そばえ)

奈良絵里子
 経験の有無を問わない仕事とは得る経験の無い仕事です


(敬称略)

鑑賞060「直」








ゆるやかに北関東訛り直されて都市に溶けゆく日々ありきかつて
  野州

都市に慣れていく日々はもう過去であり、いま自分は都会に属するものだ、
そういう自覚の下に詠われています。
故郷のことばは、捨てるのではなく、徐々に直されるのだと。
私にも経験がありますが、緩やかに変えられた話し方は、
時をおいて故郷のひとに接してはじめて、失くしつつあることに気づくものですね。

ゆるやかに、直され、溶けてゆく。
言葉の選び方が美しい、素晴らしい一首でした。



」の秀歌たち。


夏実麦太朗
 雪の朝辻を直角に曲がりゆく郵便カブのカウンター美し

みずき
 乾きゐし舌の奥処に知る冬のひかり真直ぐに床へ伸びたる

東雲の月
 秦直也さんと呼ばれてはいと言うああこの人が秦直也さん

平野十南
 真夜中に淋しくて鳴く犬の子のそれはわが歌なれば直らず

雑食
 夕暮れの日直欄の君の名をほんの数分消さない自由

揚巻
 貫いたままに朽ちよと直線にふれれば銀の濁るかんざし

生田亜々子
 真っ直ぐに線が引けない 悲しくはないよ銀杏がちらちらと散る

小倉るい
 朝顔を見るため道を直角に曲がる勇気を持つ子供達

T-T
 僕はもうやり直せないという人に描かれた木は実ばかり多い



(敬称略)

鑑賞059「騒」






満月の夜には胸が騒がしい私も少し海だったんだ
  音波


水中の生き物の日々懐かしく潮騒を聴く眠る遺伝子
  粉粧楼
明るい月が潮の満ち干を誘い、その音を静かに聞いている。
体に宿る、命の故郷。
私が自然の一部であり、自然もまた私の一部であると気づくのが、
悟りの最も根本的な形なんだろう。

世界と私の遍在性を感じさせてくれる二首。



」の秀歌たち。


保武池警部補
 雪月や騒めくを悼み流るるか涙意を汲め囁き尽きゆ

猫丘ひこ乃
 遠足の子どもの列のつなぎ目に挟まる吾を包む騒めき

コバライチ*キコ
 雨だれを指で追いつつ窓越しに心の中の騒ぐもの見る

原田 町
 首相また降ろす騒ぎや六月の空ほしいままホトトギス鳴く

不動哲平
 騒がしい夜の一部であるはずのわれに微笑む老娼ひとり

雑食
 隣室のやや騒がしい営みがきみに電話をかけさせている

飯田和馬
 この秋にたぶん死なない私が生意気に聞く虫の喧騒

清次郎
 ”どうしても今日逢いたくて”そーゆーのがゴマンとあって街の喧騒

きたぱらあさみ
 喧騒のなかであなたの声だけが音階として響く放課後


(敬称略)

鑑賞058「帆」








帆を張ればあなたの胸に着くことのなぜかさびしいゆうぐれだろう
  竹中 裕貴

決定してしまうことの物寂しさ、落着するつまらなさ、だろうか。

『卒業』のエレインだって『チューズ・ミー』のイヴだって、
ラストシーンでは、幸福以外の何かを見ていた。
意中の人との紆余曲折の末、新たな航海へ乗り出すのにもかかわらず。

感じるはずの喜びに、なぜか寂しさがある。
完璧な薔薇色は、それが夢想ゆえだと知っているから。

夕景は、ほんのりとさびしい。



」の秀歌たち。


西中眞二郎
 出帆の銅鑼鳴りたれば船客は演技の如く手を振りており

オリーブ
 少年の白いTシャツ風はらみ帆船となる夏の自転車

吾妻誠一
 すみっこの帆布リュックのほつれ穴 覗いてウフフあの山や空

南葦太
 まだ恋を知らないままで寝転がる 海を知らない帆布のカバン

ワンコ山田
 泣いた海凪いだ心の帆をゆらす「運命」なんてずるい言葉だ

萱野芙蓉
 帆船がよぎつたやうな、午睡より目覚めれば底抜けの秋空

新藤ゆゆ
 ビン詰めの帆船模型のよび方とセブンスターをおそわった夏

揚巻
 よそもの、と呼ばれて暮らす洗っても白くならない帆の道しるべ

清次郎
 帆船と雲の進路が違うのを不思議に思っていた頃の白

みち。
 なんとなく帆を立てている進むことと進まないことの理由として

鮎美
 辞書二冊入れしかたちに古びたりモラトリアム期の帆布のバッグ

なぎ
 帆掛け船折っては捨てる児童館 騙してくれる人が来なくて

青山みのり
 信じてもいいものだけに帆をかけて東へと発つ明日はいい日だ


(敬称略)

あこがれとか。

自分の作風と違うような歌を、多く選んでいる気がする。
そういうように詠みたいけど、そういう風に詠むための、
感性とか能力が俺には欠けているということなんだろう。
カミソリーフ
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理阿弥(りあみ)



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 歌歴:08年より。
 口語でも文語でも。

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