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鑑賞077「狂」

花や鳥に託して。




つらぬいた愛が狂気に変わるとき藪の椿の花がこぼれる
  紗都子

ああ花梨お前こんなに実を付けて何を怖がる狂いびとおまえ
  平野十南

何度目の冬か訃報の重なりて鳩時計の鳩しずかに狂う
  ひぐらしひなつ

「わたし」に狂気をみるより、「花」「鳥」にそれを見るほうが、
暗い説得力を持つように感ずるのは、人はもとより狂う生き物であり、
ことによっては既に狂っているのかもしれないと、不安を抱えながら
生きるのが人間の性だからであろう。
自然は、狂う/狂わないという価値の埒外にあり、
であればこそ人の狂気を正反射する鏡となり得る。

狂人には自らが狂っているか否かの判断はつかず、
狂う、という不安が浮かびくるのは、
正常と狂気の狭間にあるときだけである。
つまりは「わたしはくるっている」という命題は成立せず、
考えうるのは「わたしはくるっているのかもしれない」という予想だけだ。
人はそれを確かめようとするが、自分の心を観察することはできないので、
外部に論拠を求める。それが「自然」だ。
自然は嘘をつかない他者だからだ。

そうだろう。
桜の木の下には、死体が埋まっている。
埋めたのはもちろん、人の狂気である。



」の秀歌たち。


飯田彩乃
 わたつみの(くびき)を捨てて浜に立てば狂へる母とすれ違ひたり

中村成志
 狂える血、と刻んだのだ
 Cruelty.この語の寒さ
 憶えるために


酒井景二朗
 恨めしき身勝手者を忘れむと狂氣をラムに溶かす夜なり

萱野芙蓉
 酔狂な生き物でした、貧相なわたしの胸で眠りたがつて

星川郁乃
 狂詩曲ひとつ聞き終えあすからはふゆ、とちいさな鷽が囁く


(敬称略)

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カミソリーフ
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