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鑑賞083「溝」

芸術鑑賞において、
「尖った表現を求めるあまり、奇異な描写をすること自体が
 目的化しちゃってるんじゃないの」
とか、
「なんかよく分からない表現で、いかにも狙ったアートってカンジ」
みたいな評は、たとえば現代美術なんかにはつきものだと思うし、
自分自身、似たような感想を抱くことも、ままあります。
短歌でもそうです。

思うに、ぼくらは共通解を求めすぎてるんですよね。
「この作品で著者が訴えたかったことは何か。次から選べ」
「主人公がこのように行動した理由を述べよ」
などといった思考法に慣らされていて、「公式に正しい答えがあるのだ」と
無意識に思い込んでしまうんでしょう。
そしてもっと悪いことに、そのありもしない公式解に怯え、
間違うことをひどく恐れ、恥ずかしがっている。

だから、公式解を出しにくいような表現にぶつかると、
冒頭に上げたような反応を見せてごまかすことになるんじゃないでしょうか。

 ちょっと脇道。
 特にネットでは顕著だと思いますが、
 「短歌は発表されるばかりで批評の場が極端に少なく、バランスを欠く」という現象は、
 <自分の読みは間違ってるんじゃないか>という恐れが大きな原因の
 一つではないでしょうかね。

 でも。
 自作を発表するだけ発表して、あとは野となれ、でホントにいいのかな。
 題詠ブログでは毎年2~3千の歌が提出され、そしてほとんどそのままに
 置き去られてゆく。これらの歌、ほんとに読まれてるんだろうか。
 みんなもったいないと思わないのかな、この場が。
 批評や鑑賞とまで肩肘張る必要はない、別に感想でいいじゃない、
 他者の作品を読んだ印象を、ちょっとでいいから吐き出したらいいのに、
 と思うんだけど・・・


閑話休題。
えっとつまり、不思議な作品に出会ったときに、
「ワケわかんない」とか「この作品の答えはなんなの?」とか
「作者は何を言いたいの?」等と正解を求めるんじゃなく、
「私はこのように感じた、こう思った!」
「俺にとって、この作品はこういう意味を持っている!」
なんてことを声高に語る方が、有意義だよね、ってことです。

反対に言えば、詠むときも「百人にひとり、そのひとりに届けばいい」
くらいの心構えでいいのかもしれません。
類型歌をたくさん生み出すよりは、ね。
(今回も人間関係のについて詠んだ歌が
 やまほどありましたが、これは!という歌は…あったかな?)

いつも取っ散らかった文章でごめんなさい。

     *  *  *








深さ二メートル排水溝の底に咲くヒマワリを見た夏、の恋人
  平野十南

さて、今回の一首にいきましょう。

体言で終わる歌を詠むのは難しい。
大概が、ある事物/瞬間をとらえたスチル写真みたいな作品になり、
観察力にあふれた深い描写が出来なければ、「で?だから?」
「これがなんなの?」といった感想を招きやすい。
美しい情景が描かれていれば「きれいだなぁ」という感慨を抱くことはできるけど、
それ以上にはなりにくい気がします。

この一首が優れているのは、カメラワーク。
深い排水口の闇へズズッとズームしてひまわりをとらえ、パッと大きく季節へ移り、
最終的に詠まれていたのはかつての恋人だったというこの切り替え、
静的な描写に留まらないことで、読み手を気持よく振り回してくれます。
暗い溝のなかに咲く花が、恋人のイメージへとつながっていくとは、
誰が想像するでしょう。

排水溝から恋人まで、その飛躍の隙間に読み手は
それぞれの思いをいれこむことができます。
そうして初めて作品は作者から読者へ手渡されるのではないでしょうか。

初句から四句までが、結句にある名詞を説明的に修飾しただけの歌にしないための工夫。
体言終わりの歌を詠むときのポイントと思います。



」の秀歌たち。


tafots
 外国の海溝にまだゆっくりと沈み続けるピアスの小鳥

廣田
 海溝にしずむひとりの教室でコールタールの比重を量る

夏樹かのこ
 側溝の桔梗一輪あでやかに冴えて少女が自転車を駆る

東雲の月
 側溝に落ちた車は無念さを傾いだ角度で訴え続ける

龍翔
 私たちの子どもに成り損ねたものを排水溝に流しましょうね

雑食
 今日からは二人で溝を掘ってゆく婚姻という契約のもと

黒崎聡美
 戸の溝にたまる埃を取り除き日々暮らしゆく遠さを思う

珠弾
 カンボジア国籍取得猫ひろしどれだけ速く走っても溝

藤田美香
 大勢が往く道をまた踏み外し溝には溝のかみさまがいる


(敬称略)

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