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鑑賞101「初」(TB174~315)

三月。
自分の題詠が全く進まず、未だ参加表明にも至らない…。
詠めないなら、読めばいいじゃない。

と、いうことで、001~054のお題の読み残した歌を、
少しずつ鑑賞していきます。百番台の番号をつけて。










六月。初潮を知らぬ少女らの泥にまみれた素足を拭う
  ひぐらしひなつ

春に花開いた生命が、ぐんぐん成長していく季節。
泥まみれで遊ぶ無垢な少女達と、わたし。
「知らぬ」少女らの足を拭う、「知っている」私。

対象に反射させて自身のことを表せるのが、言葉のすごいところ。
詩において「私が、私が、俺が、俺が、」ばかり言ってると
胸焼けをおこしてしまうわけで、こういうふうに「他者」を
描写することによって自分を表す、ってことを覚えると
表現の幅が広がるんだな、と思うのであります。

陰陽、明暗、という反対の性質を持つものを一首中に対置するのも、
ひとつの詠み方なわけですけど、そのうちの片方だけを詳述すれば、
両方について語れるんですね。

この一首には作中主体の心中も、人となりも来歴も書かれていない。
だからこそ豊かな世界の広がりがある。
「俺が○◯して△△と感じた」式の「俺が俺が短歌」だと、
それが唯一の正解になってしまうので、読み手側はそれを
受け入れるか反発するかの二者択一になってしまう。
それはどちらかというとエッセイ向けの表現ですよね。

「俺」、あるいは「俺とあの人」のことばっかり詠ってないか、
振り返ってみるのもいいかもしれません。



」後半の秀歌たち。


尾崎弘子
 図書館の(すみ)はあたたか折り目なき表紙を初めて開く(わたくし)

市川周
 初雪やバカ犬のバカ二割増し(いっそバターになるまで廻れ)

我妻俊樹
 だれだって最初の靴のかかとにはとれなくなった蝶が必要

豆野ふく
 冬の香も少し遠のいた昼下がり 初めましてに丁度良い空


(敬称略)

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カミソリーフ
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